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最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)247号 判決

山形県西村山郡河北町谷地字真木一二三番地一

上告人

青木安全靴製造株式会社

右代表者代表取締役

青木健之助

右訴訟代理人弁護士

藤本博光

鈴木正勇

東京都文京区本郷三丁目二〇番一号

被上告人

株式会社シモン

右代表者代表取締役

利岡信和

右訴訟代理人弁護士

中島茂

園部裕治

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第四二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年八月一五日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

(平成八年(行ツ)第二四七号 上告人 青木安全靴製造株式会社)

上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由

一 本件考案の作用効果

1 法令違背(経験則違反)

(一) 本件審決取消訴訟の対象である名称を「安全靴」とする実用新案登録第一八二三八一四号(以下、「本件考案」という。)に関して、原判決は、理由第2、2、(1)、〈1〉、ロにおいて、「『薄シート状部』があれば、これがない場合に比べて『甲皮』と『高い発泡率のポリウレタン部』の接合面が広範囲に及ぶことになり、接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明であるから、その結果、『甲皮』と『高い発泡率のポリウレタン部』との剥離は生じがたくなるということができる。」と判示しているが、右認定は、判決の結果に影響を及ぼすことが明らかな経験則に違反し法令に違背するものである。

(二) まず、「接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明である」とはいえない。

接合面が広範囲であったとしても、接合部分が適切でなければ、接合面がより狭い場合よりも接合強度が弱いということも考えられる。また、接合強度が限界まで高まっている場合には、それ以上に接合面が広くなったとしても接合強度が高まることにはならない。思うに、接合面が広範囲になるということは、接合に供される物質の重量も増加することになり、当該重量を支えるための接合強度も必要になるのであるから、接合面が広範囲になる前の接合強度が単純に高まるという関係にはないはずである。

原判決の右理論は、同じ大きさの板を貼り合わせる場合に、全面を接着する方が、一部を接着するよりも接合強度が高まるという範囲では妥当するかもしれないが、それ以外の場合には、接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まるという関係にはないはずである。

このように、原判決の右理論は明らかに経験則に反するものである。

(三) 次に、「『薄シート状部』があれば、これがない場合に比べて『甲皮』と『高い発泡率のポリウレタン部』の接合面が広範囲に及ぶことになり、接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明であるから、その結果、『甲皮』と「高い発泡率のポリウレタン部』との剥離は生じがたくなるということができる。」ということは認められない。

ミッドソール(中底)のポリウレタンと甲皮底の接合は、ポリウレタンが甲皮の内部に入り込む形で接合しているため、接着剤で接合する場合とは比べものにならない接合強度を有しているのである。しかも、甲皮底とミッドソールの接合面積は甲第三号証の図面の靴底側面中央部や甲第七号証の試料の断面図に記載されているように十分に確保されており、接合面積が不足するということもない。そのため、甲皮底とミッドソール(中底)のポリウレタンとの接合はは非常に強力であり、靴を普通に使用する場合には接合面の剥離は問題にならない。

なお、経時の変化により、物質が劣化し剥離が生じることは考えられるが、右原因による剥離は、接合面すべてに渡って進行するものであるから、「薄シート状部」の有無により、剥離の防止効果には差異はない。

よって、「薄シート状部」がなくても、既に、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」との剥離は生じがたくなっているので、「薄シート状部」がある結果として、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」との剥離は生じがたくなるということにはならないのであり、原判決の右認定は明らかに経験則に違反する。

(四) 「薄シート状部」を備えると、かえって、「甲皮」と「高い発泡率のポリウレタン部」との剥離を促進することになるのであり、原判決が判示したような剥離が生じがたくなるというようなことはない。

「薄シート状部」は、原判決が、理由第2、2、(1)において「『極めて薄手の平たい構成物』と理解するもの」と判示しており、薄膜のような形状であると思われ、その強度は弱いものであると解される。しかも、「薄シート状部」を構成する物質であるポリウレタンは、発泡により強度を確保する物質であるため、日本工業規格(JIS)において安全靴の表底の発泡ポリウレタンの厚さが三・五ミリメートル以上(JIS-T八一〇五)とされているようにある程度の厚さが必要であり、厚さを十分に確保できないと、その強度は非常にもろいものとなり、縦に亀裂が入りやすくなる。

このように強度が非常に弱い「薄シート状部」は、甲皮下部周縁にあり、通常の靴の使用において頻繁に屈曲が繰り返されるので、「薄シート状部」は、靴の使用を開始して直ぐに亀裂が生じ、そこから剥離が進んでいくことになると解される。

したがって、原判決が、「『薄シート状部』があれば、これがない場合に比べて『甲皮』と「高い発泡率のポリウレタン部』の接合面が広範囲に及ぶことになり、接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明であるから、その結果、『甲皮』と『高い発泡率のポリウレタン部』との剥離は生じがたくなるということができる。」と判示したことは、明らかに経験則に違反する。

(五) 以上のように、前記原判決の判示した点には、明らかな経験則違反が認められるが、原判決の判示した右理由以外には、本件考案に作用効果が生じると認定する理由を原判決から見いだすことができないので、作用効果ありとして進歩性を肯定した結論は変更されることになる。即ち、右経験則違反は、判決の結果に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。

2 理由不備

(一) 前述のように「接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明である」とはいえないのであるから、原判決の右判示した理由からは、本件考案に剥離防止効果という作用効果を認定することはできない。また、原判決においては、右理由以外に、本件考案から剥離防止効果が生じることを認定できるものを見いだすこともできない。したがって、原判決は、本件考案に剥離防止効果という作用効果を認定する理由なしに、右作用効果を認定し、進歩性を肯定したものであり、理由不備の違法がある。

(二) 仮に、原判決の接合面が広範囲になるほど、接合強度が高まるという理論が本件考案の「薄シート状部」を備えたことによる接合強度に妥当するとしても、右理論からは、接合強度が高まるということだけしか導くことができず、接合強度が実用上意味がある程度までに高まるということを導くことはできない。

しかし、作用効果を認定するのであれば、「薄シート状部」の有無により、実用的な範囲での剥離防止効果に差異が生じることを認定することが必要であると解すべきである。「薄シート状部」を備えることによって、実用上は無視されるような僅かの接合強度の高まりしか認められないにもかかわらず、進歩性における作用効果があると認定することは不当である。考案は、産業上の利用に供するものであり(実用新案法三条一項)、進歩性における作用効果も、実用的に意味があることが必要なはずである。

しかも、「薄シート状部」を備えたことによって、実用的に意味があるほどに、剥離防止効果が高まるということが自明であるともいえない。前述したように「薄シート状部」を備えていなくても、もともと甲皮底とミッドソールのポリウレタンとの接合強度は非常に高いものがあり、実用上、右接合強度でも十分に剥離防止効果がはかれており、「薄シート状部」を備えたからといって、実用上の剥離防止効果が高まるとはいえないと思われる。

以上のように、原判決は、「薄シート状部」を備えたことによって、実用上の意味があるほどに、剥離防止効果が高まるということが自明であるといえないにもかかわらず、「薄シート状部」を備えたことによって、接合面の強度が高まると述べるにとどまり、実用上の意味があるほどに剥離防止効果が生じるという理由を欠落したまま、進歩性における作用効果として剥離防止効果が生じると解し、進歩性を認定しており、論理に飛躍があり、理由不備の違法がある。

(三) 原判決は、「本件考案は、『薄シート状部』の構成を備えることにより、『甲皮』と『高い発泡率のポリウレタン部』及び『ポリウレタン底』の3者は緊密に接合されるという作用効果を奉するものであり、その結果、『剥離防止効果』が高まり、その当然の帰結として『水の侵入防止効果』を奏することが明らかである。」と判示し、剥離防止効果が生じるのは「薄シート状部」を備えたことによる作用効果であると述べているが、前述したように、原判決の作用効果を認定する理由は、接合面が広範囲であれば、それだけ接合強度が高まるというだけであるから、その接合の形状が薄シート状でなくても、同様の効果は生じるのである。

ところで、「薄シート状部」を備えたことによる作用効果というためには、「薄シート状部」を備えることによっても生じる効果というだけでは不十分であり、更に「薄シート状部」を備えることによってはじめて生じる効果であるということまでも認定する必要があると解すべきである。そうでないと、「薄シート状部」を備えたことによる作用効果として認定されている効果が、実際には、甲皮下部周縁を覆ったことによって生じる効果にすぎず、「薄シート状部」という形状が進歩性の認是に何らの意味がないにもかかわらず、「薄シート状部」でない形状によって甲皮下部周縁を覆った構成が公知技術として存在したとしても、「薄シート状部」の構成を備えていないという理由で、「薄シート状部」を備えたことに進歩性が認められると解することを許容することになってしまい、不当である。

したがって、原判決が「薄シート状部」を備えたことによってはじめて剥離防止効果が生じるということを認定することなく、剥離防止効果を、「薄シート状部」を備えたことによる作用効果として認定したことには、論理の飛躍があり、理由不備の違法がある。

3 法令違背

(一) 民訴法違反

本件考案の作用効果の有無については、当事者間に争いがあるのであるから、原裁判所が本件考案の作用効果を認定するのであれば、作用効果を証拠により認定することが必要なはずであるが、原判決は、剥離防止効果という作用効果を証拠によらず認定しており、法令違背の違法があるといえる。

なお、原判決は「接合面が広範囲であればあるほど、接合強度が高まることは技術的にみて自明である」と述べているが、前述したように、右理論が自明でないことは明らかであり、証拠によらないで、剥離防止効果という作用効果を認定することが許される理由にはならない。

また、右違法がなければ、作用効果を認定して進歩性を肯定することはできなかったのであるから、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな違法があるといえる。

(二) 実用新案法三条二項違反

前述のように、本件考案には作用効果がなく、進歩性を認めることができないにもかかわらず、原判決は、進歩性を認定しており、実用新案法三条二項に違反するものである。

また、右違法がなければ進歩性は否定されていたのであるから、判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな違法があるといえる。

二 甲第七号証及び第八号証の判断の誤り

1 理由不備

(一) 原判決は、理由第2、2、(1)、〈2〉において、薄シート状部の作用効果についての確認のための実験結果が記載されている甲第七号証について「薄シート状部の靴」として実験に用いられた試料は、本件考案における薄シート状部と「構成を同じくするものとはいえないから、試料としては適切なものとは認めることはできない。」と判示し、また、甲第八号証の実験についても、同様の理由から「本件考案に係る『薄シート状部』の靴と構成を同じくするものとはいえないから、試料として適切なものということはできない」と判示した。

(二) しかし、本件考案のような構造の靴、即ち、アウトソール(表底)だけではなくミッドソール(中底)を有し、しかもアウトソールに低い発泡率のポリウレタンをミッドソールに高い発泡率のポリウレタンを用いる靴の製造方法は、甲第一〇号証に記載されているように、先に本モールドとダミーモールドとの間にアウトソールを成形し、次にダミーモールドをはずしサイドモールドで固着した甲皮との間に液状のミッドソール用ポリウレタンを注入してミッドソールを成形しながら、ミッドソール部分でアウトソール及び甲皮を夫々接着させる方法がとられるのである。

そのため、サイドモールドと甲皮の間に液状のミッドソール用ポリウレタンを注入するための通路が必要となるので、どうしても甲皮下部周縁部を覆うミッドソールのポリウレタンの形状は、ある程度の厚みをもったものになってしまい可能な限り厚みを薄く製造したとしても、甲第七号証並びに第八号証の「薄シート状部の靴」のような形状にならざるをえないのである。なお、原判決が想定しているような、甲皮下部周縁にミッドソール用のポリウレタンを薄く貼りつけるような製造方法は量産の製品の製造においては実質的には不可能である。したがって、本件考案の「薄シート状部」も甲第七号証並びに第八号証の「薄シート状部の靴」と同様の形状になるはずであり、原判決がいうように、甲第七号証並びに第八号証の「薄シート状部の靴」が本件考案における「薄シート状部」と「構成を同じくするものとはいえない」と解することは誤りである。

(二) また、原判決は、甲第七号証の実験では、「薄シート状部の剥離抵抗以上に、ポリウレタン底6とポリウレタン7と甲皮下部周縁1aと中底2の各構成物相互の剥離抵抗が大きな影響を与えることになるので、薄シート状部の剥離実験としては適切ではない」と判示している。

しかし、「薄シート状部がある靴」とそうでない靴とで甲皮と中底の剥離防止効果に差異があるのかを判断するための実験であるのだから、両者の靴において、全体として剥離抵抗に差異があるのかが判断できれば足りるはずであり、薄シート状部の剥離抵抗のみを取り出して、比較しなければならない理由はない。薄シート状部の剥離抵抗以上に、他の剥離抵抗の影響が大きく、剥離防止効果として意味がないのであれば、そもそも、薄シート状部に認められる剥離抵抗は作用効果としては無意味であり、実験する必要もない。

したがって、原判決がいうように、甲第七号証の実験が薄シート状部の剥離実験としては適切ではないとはいえない。

(三) 以上のように、原判決は甲第七号証並びに第八号証を排斥することができる理由がないにもかかわらず、甲第七号証並びに第八号証を排斥し、「本件考案の作用効果を否定することはできないというべきである。」と判示し、本件考案に作用効果を認めたものであり、理由不備の違法がある。

三 甲第三号証の判断の誤り

1 民訴法・実用新案法違反(法令違背)

(一) 原判決は、理由第2、2、(2)、〈1〉において、「成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例1には審決の理由の要点(3)認定のとおりの技術事項が記載されていることは明かであり(原告もこの点は争っていない。)、これが印刷上の誤りであるとして引用例1の記載と異なった主張をして、審判手続で提出しなかった資料(弁論の全趣旨に徴し、甲第九号証の二及び甲第一〇号証は審判手続で提出しなかった資料であると認められる。)に基づいてこれを立証することは、前記審理範囲を逸脱し許されないというべきである。」と判示している。

(二) しかし、甲第三号証に記載されている「カルトン」との表示の横に記載されている靴の図面を見ると、靴底の側面中央部においては、中間底のポリウレタンミッドソールが甲皮の下部周縁を被覆していることがわかる。なお、審決は、「靴底中央部ではミッドソールをアウトソールの上側に重ねただけの状態であって、ミッドソールが甲皮の下部周縁を薄シート状で覆った構造にはなっていないことが分かる。」と述べているが、右図を見れば、ミッドソールが甲皮底よりも上方に突出して甲皮下部周縁に接合しており、重ねただけの状態ではなく、被覆していることは明らかである。

右図の踵部では、審決理由の要点(3)認定のとおり、踵部の周囲はアウトソールと同一材料で覆われており、甲皮の下部周縁のポリウレタンミッドソールの形状が靴底側面中央部と踵部で異なる形状になっている。しかも、右図面の下の靴の写真においては、甲皮の下部周縁形状は、すべて同一の形状をしているのであり、右図面においても靴底側面中央部と踵部で同一の形状となるはずのところが、両者の形状が異なっているもので、明らかに両者の形状のうちどちらかの記載が誤っているのであり、右図面の記載は不明確であると解される。

(三) したがって、右図面の正確な記載内容を明確にするという補強的関係にある審判手続段階で提出しなかった甲第九号証の二及び第一〇号証を用いることは民訴法、実用新案法に違反するものではないにもかかわらず(最高判昭和五四年六月二一日取消集昭和五四年六一三頁)、原判決は、甲第九号証の二及び第一〇号証を用いることができないと判示したものであり、民訴法、実用新案法に違反するものである。

(四) そして、甲第九号証の二の靴の図解写真を見ると、踵部の周囲はアウトソールと同一材料では覆われておらず、靴底の側面中央部の甲皮の下部周縁と同一の形状をしていることがわかる。また、甲第一〇号証の記載によれば、アウトソールと甲皮を直接接着剤で接着する形状の靴は存在しないとのことであり、これらを合わせ考えると、当業者であれば、甲第三号証の靴の図面の記載のうち、踵部の甲皮の下部周縁の形状の記載が誤りであり、本来であれば、踵部の甲皮の下部周縁の形状は右図面の靴底側面中央部の甲皮の下部周縁の形状と同様の形状として記載されるはずであったことがわかる。(五) よって、甲第三号証の記載により、本件考案の出願前よりミッドソールがアウトソールの上周縁より上方に突出する恰好で甲皮の下部周縁を覆う構成が公知であるということになる。

そして、右下部周縁を覆う形状として「薄シート状部」を採用することに格別の困難があることは認められない。また、前述のように、原判決によれば、右下部周縁を覆う形状が、本件考案のように「薄シート状部」であるか、甲第三号証のような形状であるかで、剥離防止効果には差異はないし、それ以外に「薄シート状部」を備えたことによる作用効果は原判決では認定されていない。

したがって、右公知技術から、「薄シート状部」を備える構成を推考することは極めて容易であると解され、進歩性は認められないということになる。

(六) 以上のように、原判決が、民訴法並びに特許法に違反しないで、甲第九号証の二並びに第一〇号証を用いて甲第三号証の記載を理解すれば、本件考案に進歩性がないことは明らかであったのであり、判決の結果に影響することが明らかな法令違反があるといえる。

2 実用新案法三条二項違反

(一) 仮に、甲第三号証の記載を理解するために甲第九号証の二及び第一〇号証を用いることが許されないとしても、当業者であれば、甲第三号証の記載の靴の図面だけからも、踵部の甲皮の下部周縁の形状の記載が誤りであり、本来であれば、踵部の甲皮の下部周縁の形状は右図面の靴底側面中央部の甲皮の下部周縁の形状と同様の形状に記載されるはずであったことがわかる。

右図面下の靴の写真では、右図面の靴底側面中央部の甲皮の下部周縁と同一の色と形状を有しており、それと対比して考えれば、右靴底側面中央部の記載が正確で、踵部の記載が誤りであり、本来は踵部の形状は右靴底側面中央部と同様に記載される趣旨であったと解されるはずである。

(二) とすると、甲第三号証の記載により、本件考案の出願前より、ミッドソールがアウトソールの上周縁より上方に突出する恰好で甲皮の下部周縁を覆う構成が公知であるということになり、前述したように、右公知技術から、「薄シート状部」を備える構成を推考することは極めて容易であると解され、進歩性は認められないはずであるにもかかわらず、原判決は、進歩性を認めたものであり、実用新案法三条二項に違反することが明らかである。

(三) したがって、甲第三号証の記載から本件考案に進歩性がないことは明らかであったのに、原判決は、進歩性を認めたものであり、判決の結果に影響することが明らかな法令違反があるといえる。

3 理由不備

(一) 原告の「引用例1(甲第三号証)について、ミッドソールが甲皮の下部周縁を覆った構造にはなっていないとした審決の認定判断は誤っており取り消されるべきである。」(原判決の第2請求の原因、4、(3))という主張に対して、原判決は、「この部分が薄シート状になっているとは認められないから、薄シート状の存在を認めなかった審決の認定を誤りとすることもできない。」と判示しただけで、右原告の主張を排斥している。

(二) 原告の右主張を排斥するためには、ミッドソールが甲皮の下部周縁を覆った構造にはなっていないというか、それともミッドソールが甲皮の下部周縁を覆った構造にはなっているが、右構造から「薄シート状部」の構成を推考することは極めて容易でないということを認定する必要があるはずであり、「この部分が薄シート状になっているとは認められないから、薄シート状の存在を認めなかった審決の認定を誤りとすることもできない。」というだけでは、原告の右主張を排斥する理由にはならない。

(三) したがって、原判決は、原告の右主張を排斥する理由を述べずに、原告の右主張を排斥したものであり、理由不備の違法がある。

四 原告本人尋問請求の却下

原判決には、審理不尽の違法がある。

即ち、本件考案の出願当時の靴の構造、靴の製造方法についての技術の理解は、本件進歩性を判断する上で非常に重要であり、十分な審理が必要であったところ、原裁判所は、審理を尽くさず、右技術について理解しないままに原判決の判断をしたものである。このことは、前述したように原判決が右技術に対する無理解を示す認定をしていることからも明らかである。

よって、本来であれば、原裁判所は、右技術を理解するために更に審理を尽くすべきであり、右技術を補足することを立証趣旨として原告が申請した原告代表者尋問請求を却下せず審理する必要があったはずである。したがって、原裁判所が、右原告代表者尋問請求を却下し、審理を終結したことには、審理不尽の違法がある。

以上

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